昨日の7月8日(日曜)市役所7階へ「市民つながり隊」第3回「わくわく講座」に参加してきた。日曜の昼間に。
私のアイデアも思ったよりウケがよく、部会は盛り上がった。
だが、しかし。
帰る前に、参加はもうやめようと思った。(マジです。)
昨日は脱力感で何も書けず。今日になって怒りがふつふつとこみ上げてくる。
どうして私はちゃぶ台返しをしてこなかったのだろうか(笑)。
今になって、「やってられねー」と、どこかの僧侶さんのように叫びたい気持ちに駆られている。腹がたってしょうがない。
(中略)
予算がないことに怒っているのではない。(いや、それもあるが)。
お金がない市民運動なら経験済みで、私はいろんな方法で費用を捻出したり、それなりに色々やってきたのだ。だから余計に、腹が立って仕方がないのである。
自分に対しても、「つながり隊」の○さんにも×さんにも、A大学の△先生にも、市に対しても、腹がたっている。勝手に腹をたてている馬鹿な自分がいる。
(☆さん、あんなところに誘ってすいませんでした。申し訳ありません。深くお詫びします。)
また、市には空き家の有効活用についての持ち主の意向調査のようなことをするのも外部委託でしなければならないので、アウトソーシングですか、そういう予算を組むのは難しい、ハードルが高すぎ、やる気がないということもわかったので、萎えました。
今の私は逆元気玉でも出せそうな感じです。
自分の時間と労力をこんなこと(半官半民の「市民つながり隊」の催しへの参加とそのための資料集めやアイデアの捻出)に振り分けても、どうにもならない気がしてきた。
「次回のために資料があったら持ってきてください」と、第2回目のときファシリテーターの(外部委託された団体の)女性が言った。私はネットで調べてプリントしてきた。こんなに休眠家屋があるという資料も作って持っていった。でも後者は1回目のときから持参してきたものだった。)
(部会のほかの方々は、出たとこ勝負で講座に臨んでいらっしゃる。せめて空き家が問題になったのだから、ちょっとネットしてみればわかりそうなこともあるのに。池上彰さんじゃないけど「そこからですか」という顔を私が度々していたのではと心配になる。)(注・まさか自分以外は無能だとか思っているわけではない。そんなわけではない。みなさんそれなりに社会経験のある方々で、参考になる意見も多い。しかし、本気度が違う気はする。)
(私が挙げた、市内に出来て4ヶ月になる某・店について、部会の女性(自分を含め3名)は立ち寄った経験があるが、他の5名の男性(A大の学生1名含む。この方はタダの記録者か)は知ってても行ってない。男の人はそういうところは保守的だからという話になった。)
私は他にもやりたいことや、関わっている活動があるので、「コミュニティ・カフェ」の予算の捻出から話を始めなければならないなら、これ以上関わることは自分のキャパオーバーだと感じた。あれもこれもは無理だ。
私はお金のない市民活動で費用捻出のために色々やってきた経験があり、それなりに資金を稼ぎながら活動を回した経験がある。
だから、亜細亜大学の先生の「お金(立ち上げの予算)がないことはきっと乗り越えられる」などという、会の締めの言葉には絶望したっ(@「絶望先生」くらいのニュアンスで。)。簡単に言ってくれるなよ。ふざけんじゃない。
それでよく1回目の講座のときに。「市内の空き店舗でコミュニティカフェが出来ないかと、商工会議所に空き店舗に聞いてもらっている(旨)」と言ったものだ。そこまでいうなら、立ち上げの予算くらい、都からの助成金161万1000円の中から出せる枠があるのかと思った私がおかしいのだろうか。
・・・おかしかったのだろう、自分のほうが。きっと。
このままでは私は、市内のどこかの空き家・危険家屋で事件なり事故が起きて、市が対策に乗り出すような”チャンス”を願ってしまいかねない。だから、空き家問題は棚上げ、「コミュニティカフェの実現をめざす」つながり隊活動も、自分にとって、メリットよりもデメリット(持ち出し分が大きくなる)が大きいので、忘れようと思う。
残念だが仕方がない。勝手に期待した自分が甘かった。または時期尚早だったという話なのだ。