東久留米日記

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マララさん(15)がノーベル平和賞に選ばれなくて良かった

数日前、ひょっとしたら彼女は最年少のノーベル平和賞受賞者になるかもしないと考えて、ふと、待てよ、日本で言えば中3か高1の子どもに、そんな人類史に残る重荷というか縛りを与えていいのかと思いなおした。

過去、オバマ大統領が「まだ」「何も」やっていないにも関わらず受賞したのは、「何かやるはず」「やるべき」「やれ」という未来の業績への期待値による、言わば先取りの受賞だったことはよく知られている。

15歳を子どもというのはどうかと思ったが、10代の人間にそんな重い「縛り」を課してはならないのではないか。彼女がこれから先、「素敵な夫と子どもを得て質素に目立たずに暮らしたい」と翻意したとしても、それは彼女の自由だ。10代の人間が、今胸のうちにある思いをこの先もずっと保持しなければならないなんて決まりはない。誰にでも心変りする権利も、堕落する自由もある。

彼女がこれから25歳、35歳、45歳になって受賞する可能性もある。10代の彼女を選ばなかったのは選考委員たちの「大人」としての良識による配慮もあるのではないか。